傾聴を始めて、最近よく考えることがあります。

人には、それぞれ気がかりなことがあります。

体のこと。

家族のこと。

お金のこと。

これからのこと。

年齢を重ねると、気がかりも少しずつ増えてきます。

若いころなら、

「まあ、なんとかなるでしょ。」

で済ませていたことが、

「これ、大丈夫かな…」

になる。

私もそうです(笑)。

そんな話を聴いたからといって、私が解決できるわけではありません。

病院のこと…私はドクターではありません。

薬のこと…私は薬剤師ではありません。

お金のこと…私は銀行員ではありません(笑)。

家族のこと…私が代わりに解決することはできません。

じゃあ…

「きくよって、何をしてくれるの?」

そう思いますよね。

私も、そこを考えました。

そして、今のところ私が思っている答えは、

「答えは出せなくても、話は聞ける。」

です。

たとえば、

「最近、ちょっと膝が痛くてね」

「そうなんですか」

「この前病院にいったらね…」

そこから病院の話が始まって、

なぜか昔の旅行の話になって、

最後は、

「そういえば、あのころはよく飲んだな」

なんて話になったりする。

話って、どこへ行くかわかりません(笑)。

でも、それでいいんだと思います。

膝の痛みが消えたわけではない。

明日の心配がなくなったわけでもない。

でも、

「今日は誰かと話したな」

と思える時間ができる。

私は、そこに意味があると思っています。

人は、いつも大事な話をする必要はありません。

昔の話でもいい。

今日の話でもいい。

テレビの話でもいい。

近所の話でもいい。

「昨日のご飯、ちょっと失敗しちゃってね」

そんな話でもいい(笑)。

私は、そういう話を大事にしたい。

どうでもいい話を、どうでもいいと思わずに聴く。

それが、傾聴なんじゃないかと思っています。

そして、

「ちょっと聞いてよ」

と言える相手がいる。

それだけで、一日の感じ方が少し違う日もあると思うんです。

私は、答えを出す人ではありません。

人生を変える人でもありません。

でも、話を聴くことはできます。

だから、

「何か相談しなきゃ」

なんて思わなくて大丈夫です。

話したいことがあれば、話してください。

話しているうちに、話したいことが変わっても大丈夫。

途中で話が脱線しても大丈夫。

むしろ、私はその方が好きかもしれません(笑)。

そんな時間を、一緒につくれたらと思っています。

それが、私の「きくよ」です。

話したくなったときに。

そばで、お聞きします。